新薬開発の期間を縮めるAI創薬を研究する Isomorphic Labs(英国発)のサムネイル

新薬開発の期間を縮める「AI創薬」を研究【Isomorphic Labs|英国発】

新しい薬が患者のもとへ届くまでには9年から16年ほどかかるといわれ、開発期間の短縮が世界の製薬業界の課題になっています。この課題に挑むのが、英国のアイソモーフィック・ラボ(以下Isomorphic Labs)です。同社は、Google DeepMindが開発したタンパク質(体内で酵素などとして働き、多くの薬が結合する相手になる物質)の構造予測AI「AlphaFold」を基盤に、薬の候補となる分子をAIで設計する「AI創薬」に取り組んでいます。すでにEli LillyやNovartisといった製薬大手と提携し、2026年5月には約21億ドル(約3,150億円)の調達を発表しました。

新薬開発の課題

Isomorphic Labsの紹介と、新薬開発に約9〜16年を要し、候補分子の絞り込みに時間がかかっていることを示す図

新薬の開発に9〜16年

新しい薬が世に出るまでに約9〜16年かかるのは、候補がほとんど残らないためです。日本製薬工業協会によると、日本では、研究の出発点となる化合物(薬の候補として試される物質)が薬として承認される確率は約3万分の1です。この期間の長さは、そのまま患者が新しい治療の選択肢を待つ時間になります。

候補分子の絞り込みに時間

開発が長引く最大の要因は、候補となる化合物、つまり薬のもとになる分子の絞り込みです。薬の多くは体内のタンパク質に結合して働くため、標的(薬が結びつく相手)となるタンパク質の立体的な形をつかみ、そこに合う分子を膨大な組み合わせの中から探す必要があります。とくに負担が重いのは実験を始めたあとの工程で、候補が外れるたびに設計へ戻り、やり直すたびに試験の規模も大きくなります。

FrontJournalの解説
  • タンパク質アミノ酸がつながってできた物質。体内で化学反応を進めたり、外からの信号を受け取ったりする役目を担う。多くの薬は、病気に関わるタンパク質に結合してその働きを調節する。
  • 化合物いくつかの物質が結びついてできた、ひとまとまりの物質。医薬品の開発では、薬になる可能性のある化合物を大量に評価し、その中から候補を選び出す。

Isomorphic LabsがAI創薬を研究

AI創薬の仕組みを示す図。タンパク質の立体構造を予測して候補分子を絞り込み、設計と評価を繰り返して精度を高める

課題解決に挑むIsomorphic Labs

Isomorphic Labsは、薬の候補分子をAIで設計する「AI創薬」に取り組む企業です。Googleの親会社であるAlphabetの傘下で、2021年にロンドンで設立され、米国のケンブリッジとスイスのローザンヌにも拠点を構えています。出発点はGoogle DeepMindが開発した構造予測AI「AlphaFold」で、最高経営責任者はGoogle DeepMindを率いるデミス・ハサビス氏です。

構造予測で候補を絞り込む

「AI創薬」の土台になるのが、タンパク質の立体構造(アミノ酸のつながりが折りたたまれてできる形)を予測する技術です。「AlphaFold」は、アミノ酸(タンパク質を組み立てる部品)の並び方から、その形を計算で導きます。2024年に同社がGoogle DeepMindと共同で公表した「AlphaFold3」は、タンパク質と薬の分子が結びついた状態まで、予測の対象を広げました。その結果、実験に進む前の段階で候補分子を絞り込めます

設計と評価の往復で精度向上

同社は、分子の設計と評価をAIで繰り返す仕組み「IsoDDE」を使っています。AIが候補分子を設計し、標的への結合のしやすさや体内での安定性を予測したうえで、有望なものだけを実験にかけます。実験で得られた結果は、AIを改良するための材料です。この往復により、実験にかける候補の数を絞りながら、設計の精度を高められます。

FrontJournalの解説
  • AlphaFoldアミノ酸の並び方から、タンパク質の立体構造を予測するAI。Google DeepMindが開発し、構造の解明にかかる期間を大きく縮めた。
  • アミノ酸タンパク質を組み立てる部品にあたる物質。並ぶ順番によって、できあがるタンパク質の形と働きが決まる。
  • IsoDDEIsomorphic Labsが開発する創薬の仕組み。Isomorphic Drug Design Engine の略で、分子の設計と評価を計算のうえで繰り返すための基盤である。

AI創薬の未来

AI創薬の未来を示す図。候補選びの期間短縮に期待し、人での臨床試験を目指し、約3,150億円を調達済みであることを示す

候補選びの期間短縮に期待

「AI創薬」が広がると、薬の候補を選ぶ段階が短くなる可能性があります。従来は、標的となるタンパク質の構造を実験で確かめる必要があり、候補の評価に取りかかれるのも、そのぶん遅くなっていました。構造の予測を先に済ませれば、研究者は有望な候補の検証に時間を振り向けられます。開発の前半が速くなれば、同じ期間により多くの標的を検討できるようになるといわれています。

人での臨床試験を目指す

同社は、AIが設計した分子を人に投与する臨床試験の開始を目指しています。最初の対象は、がんの領域です。デミス・ハサビス氏は、2026年内の開始を目標として見込むと述べています。試験で安全性と効果を確かめられれば、「AI創薬」は研究段階から治療の現場へ近づきます。

約3,150億円を調達済み

Isomorphic Labsは2026年5月12日、約21億ドル(約3,150億円)の調達を発表しました。Thrive Capitalが主導し、親会社のAlphabetや、その投資部門であるGV、シンガポールの投資会社Temasekなどが参加しています。同社は2024年1月にEli LillyとNovartisとの提携を発表し、両社から前払い金と、開発の進み具合に応じた支払いを受け取る契約です。調達した資金は、この仕組みの開発と人材の採用に充てられ、開発中の候補を臨床試験へ進める計画です。

FrontJournalの解説
  • 臨床試験開発中の薬を人に投与し、安全性と効果を確かめる試験。動物などを用いた試験の後に行われ、承認を得るために欠かせない工程である。

まとめ

Isomorphic Labsは、タンパク質の構造予測という基礎研究の成果を、薬の設計という実務へつなげています。「AI創薬」で候補分子を先に絞り込み、設計と評価の往復で精度を高め、製薬大手との提携と資金調達によって、開発を進める体制を整えました。新薬の開発に時間と費用がかかるという課題は、日本の製薬企業や研究機関にも共通します。FrontJournal編集部は、AIが設計した分子が人での試験に進み、その結果が公表されることに注目しています。国内でも、構造予測を用いた研究が広がることに期待しています。

※ 本記事は各社の公式発表・主要報道をもとに、FrontJournal編集部が再構成したものです。数値は各社・各団体の公表値です。ドルの円換算は1ドル=約150円で概算しています。
主な出典:Isomorphic Labs 公式(資金調達リリース/提携リリース)、日本製薬工業協会。

この記事の作者

FrontJournal編集部

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