FrontJournalの解説
この研究分野について
この研究は「リボソームによるタンパク質合成(翻訳)の制御」の分野です。リボソームとは、細胞の中で遺伝情報(mRNA)を読み取り、アミノ酸をつないでタンパク質を組み立てる「分子の製造装置」です。あらゆる生物が持ち、生命活動の根幹を担っています。
このリボソームは、特定の配列を合成するときに一時的に動きを止める(翻訳停止=アレスト)ことがあります。停止が適切に解除されないと、製造ラインが詰まったように後続のタンパク質が作れません。今回の成果は、「詰まったリボソームを再び動かす仕組み」を立体構造レベルで解明したという発表です。
①クライオ電顕でYheSの「再始動」機構を可視化
研究グループは、翻訳を停止させるペプチド「SecM」を合成中に止まったリボソームと、翻訳調節因子のタンパク質「YheS」が結合した複合体の立体構造を、クライオ電子顕微鏡(試料を超低温で凍らせて高解像度で観察する技術。2017年ノーベル化学賞の対象技術)で決定しました。
その結果、YheS がtRNA(アミノ酸をリボソームに運ぶ運搬役の分子)を物理的に引っ張ることで、停止していたリボソームの構造を変化させ、翻訳を再始動させていることが分かりました。変異体解析や分子動力学シミュレーション(原子の動きをコンピュータで再現する計算手法)も組み合わせ、メカニズムを裏付けています。
②創薬・バイオものづくりへの波及
リボソームと翻訳の制御は、産業・医療の両面で重要なテーマです。医療面では、リボソームに結合してタンパク質合成を止める仕組みは多くの抗生物質(抗菌薬)の作用原理そのものであり、翻訳停止と解除の理解は新しい抗菌薬の標的探索につながります。
生産面では、抗体医薬やワクチンなど有用タンパク質の生産効率は、翻訳が途中で詰まらないかどうかに左右されます。詰まりの解消メカニズムが分かれば、タンパク質を安定・大量に作るための遺伝子設計(コドン最適化など)の精度向上が期待されます。今回の基礎研究は、こうした「バイオものづくり」の土台を強化する成果と位置づけられます。
編集部からひとこと
本成果は東京大学・東京科学大学・岡山大学という国内の基礎生命科学の中核機関による共同研究です。リボソーム研究は日本が長く強みを持つ領域で、抗菌薬開発やバイオ医薬の生産最適化という出口にもつながります。即座に製品化される性質の発見ではありませんが、創薬・バイオ生産の基盤技術として、企業との連携や応用研究の続報を編集部として注視していきます。詳細な実験データ・論文情報はJST公式ページをご参照ください。