株式会社カクサスバイオはiPS細胞で角膜内皮を再生する慶應義塾大学発スタートアップ

株式会社カクサスバイオ

カクサスバイオ「角膜内皮再生医療」を研究|研究領域=濁った角膜を細胞の注入で回復/強み=iPS細胞から内皮細胞を量産/将来性=角膜で確かめた手法を他の臓器へ

企業紹介|株式会社カクサスバイオとは?

角膜の濁りで低下した視力を、細胞の注射で回復させる治療として、注目を集める「角膜内皮再生医療」。株式会社カクサスバイオは、その社会実装を目指す慶應義塾大学発のライフサイエンス系ディープテック企業です。前身の企業から承継した角膜内皮代替細胞CLS001A」を、角膜の移植を待つ患者へ届けることを目指しています。

キーワード「角膜内皮再生医療」

角膜内皮再生医療」は、失われた角膜内皮細胞の機能を、培養した細胞の移植で補う治療です。特徴は、この治療が、提供された角膜1枚で1人を治すという枠を離れ、1つの細胞源から多くの患者へ届けられる点にあります。移植を待つ人が世界に多くいる現場で、その解消につながるといわれています。

市場課題|角膜移植は供給が追いつきにくい

現状の角膜移植の課題|現状は、提供が足りず移植を待つ|内皮は再生せず移植に頼る/熟練した医師と提供体制が要る

角膜内皮は再生せず移植が必要

角膜の最も内側にある角膜内皮細胞は、一度失われると再生しません。加齢や白内障などの眼内手術、外傷でも減少し、角膜がむくみます。濁った角膜を透明に戻す手段は移植に限られ、2012年時点の国際調査では、移植を待つ人は世界で約1,270万人と報告されています。

移植は熟練と提供体制に依存

移植に使う角膜はアイバンク(提供された角膜を保存し医療機関へ渡す組織)を通じて届き、供給は提供の件数に左右されます。同じ2012年の調査では、必要とされる角膜70枚のうち、実際に用意できるのは1枚とされています。角膜を薄く削って広げる手技を伴うため、執刀できる医師も限られる状況です。

他にも、遺伝性のフックス角膜内皮変性症や、角膜が変形する円錐角膜など、移植を要する病気は複数あります。角膜を長く保存しにくい点、地域で異なる提供の件数、手術後の拒絶反応、といった課題があるといわれています。

FrontJournalの解説
  • 角膜内皮細胞角膜の最も内側を覆う一層の細胞である。角膜にしみ込む水分をくみ出して透明度を保つ役割を担い、生まれた後はほとんど分裂しないため、減少すると角膜がむくんで視力が低下する。

カクサスバイオの強み|細胞の量産と注入

カクサスバイオが「角膜内皮再生医療」を開発|今後は、iPS細胞で安定した供給が可能に|iPS細胞から内皮細胞を量産/注射で移植し手技を簡便化

iPS細胞から内皮細胞を量産

従来は、提供された角膜から内皮細胞を取り出して培養する方法が用いられ、もとになる細胞の数と増やせる回数には限りがあるといわれています。

同社の製法の特徴は、iPS細胞から角膜内皮代替細胞へ、中間体(内皮細胞になるまでの途中の幹細胞)を経ずに導く直接分化誘導にあります。開発の初期には、神経堤細胞(神経や皮膚のもとになる細胞)という中間体を経る製法が用いられていました。中間体を経ない製法は堅牢性が高く、再生医療等製品の品質管理に適しているとされています。1つの細胞源から多数の患者分を製造できるため、治療の数が提供された角膜の枚数に縛られません。

注射で移植し手技を簡便化

従来の角膜内皮移植は、提供された角膜を薄く削り、丸めた状態で眼の中へ入れて広げ、角膜の後面へ接着させる手技を要します。習得に時間を要する手技といわれています。

同社が開発する治療は、細胞を懸濁液(液体に分散させたもの)にして、注射器で前房(角膜と虹彩の間の空間)へ注入する細胞注入療法です。注入された細胞が角膜の後面で生着(付いて働き始めること)し、たまった水分をくみ出すことで、角膜の厚み透明性の回復が期待されています。切開が小さいため、感染や乱視といった手術後の負担も抑えやすい方法です。水疱性角膜症(角膜がむくんで濁る病気)の患者への移植は、慶應義塾大学病院での臨床研究として1例が実施されています。

FrontJournalの解説
  • 細胞注入療法培養した細胞を液体に分散させ、注射器で眼球の中へ注入する移植の方法である。角膜を切り開いて組織を固定する従来の移植と異なり、切開が小さく、手技の習得もしやすいとされる。

角膜内皮再生医療の未来|眼科から他の臓器へ

角膜内皮再生が変える医療の未来|人への移植から海外、他の臓器へ広がる|臨床研究は1例で終了/前身が米国で希少疾病用に指定/角膜で確かめ他の臓器へ

臨床研究は1例で終了

iPS細胞から製造した角膜内皮代替細胞の移植は、前身の時代にすでに患者へ実施されています。この臨床研究は第一種再生医療等提供計画として2021年7月に公表され、2022年10月に慶應義塾大学病院で移植が行われました。対象となったのは、過去に角膜移植を受けた後、水疱性角膜症が再発した患者です。慶應義塾大学と藤田医科大学の研究グループは当初3例を予定していましたが、細胞の品質確認に時間を要したため1例で終了し、その結果を2025年1月に医学誌『Cell Reports Medicine』へ報告しました。

前身が得た米国指定を土台に

前身の「株式会社セルージョン」は、2023年12月に米国食品医薬品局(FDA)から、当時の開発コード「CLS001」について「希少疾病用医薬品」の指定を受けました。この制度は、米国内の患者が20万人に満たない病気を対象に、開発を後押しする仕組みです。カクサスバイオは、この指定を含む開発の資産を承継しました。同社が視野に入れるのは、欧米やアジアを含めたグローバルな展開です。

他の臓器への展開を目指す

同社が目指しているのは、角膜で確かめた再生医療の手法を、他の臓器へ広げることです。角膜は血管を持たず、移植した組織が拒絶されにくい免疫特権という性質を備えるため、細胞移植の効果を見極めやすい組織といわれています。角膜内皮で積み上げた製造と品質管理の手順は、他の組織を扱う際の土台です。移植を待つ患者へ届く治療を、角膜から他の領域へ広げることを目指しています。

会社概要|カクサスバイオの事業内容

慶應義塾大学の研究から出発

株式会社カクサスバイオは、2025年6月20日に東京都中央区で設立されました。創業者は代表取締役の羽藤晋氏です。羽藤氏は1998年に慶應義塾大学医学部を卒業し、角膜移植を専門とする眼科医として、同大学の眼科学教室で研究に取り組みました。その後は同大学の大学院で博士課程を修め、2013年に日本角膜学会の「学術奨励賞」を受けています。2015年1月には、慶應義塾大学の坪田一男氏、榛村重人氏とともにセルージョンを設立し、角膜内皮代替細胞の開発を進めてきました。

承継で研究の継続を確保

2025年8月13日にセルージョンとのあいだで事業譲渡契約が結ばれ、同年12月16日に承継が完了しました。引き継いだのは、角膜内皮代替細胞を誘導する特許とその周辺の特許、品質管理や安全性評価の技術、手順書などです。慶應義塾大学、iPSアカデミアジャパン、京都大学iPS細胞研究財団との各種契約も引き継がれ、研究開発の継続性が確保されました。セルージョンは、2019年にNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援に採択され、2023年には「J-Startup」にも選ばれた会社です。開発に必要な資産と権利をカクサスバイオへ移したうえで法人を整理し、2026年4月に清算を終えています。

実用化まで自社で担う体制へ

同社の事業内容は、再生医療関連技術の研究開発と、再生医療等製品(細胞や組織を用いた医薬品や医療機器)の製造販売です。本社は東京都中央区銀座です。同社は、研究開発から販売までの一連の機能を自社で持つ体制を目標に掲げ、開発の初期から品質システムを運用する方針を示しています。

会社情報

会社名株式会社カクサスバイオ(Caksus Bio inc.)
所在地東京都中央区銀座一丁目22番11号 銀座大竹ビジデンス2F
設立2025年6月20日
代表代表取締役:羽藤 晋
資本金2,000万円
事業再生医療関連技術および再生医療等製品の研究開発、製造販売。iPS細胞由来角膜内皮代替細胞「CLS001A」の開発
技術領域角膜内皮再生医療、iPS細胞からの直接分化誘導、角膜内皮代替細胞、細胞注入療法
連携慶應義塾大学。iPSアカデミアジャパン。京都大学iPS細胞研究財団(いずれも2025年12月に株式会社セルージョンから契約を承継)
URLhttps://caksusbio.com/

編集後記|FrontJournal編集部より

角膜の移植は、誰かの提供があって初めて成り立つ医療です。カクサスバイオが取り組んでいるのは、その前提そのものを組み替える仕事だといえます。iPS細胞から角膜内皮代替細胞を製造し、注射器で眼の中へ届ける。この道筋が通れば、治療を受けられる人数は提供の枚数に左右されなくなります。

注目したいのは、研究の連続性が保たれている点です。会社の器は変わっても、慶應義塾大学で始まった研究の特許も、手順書も、人も、そのまま次の会社へ引き継がれました。ディープテックの開発10年、20年という時間を要する仕事です。その長さを走り切るために何が要るのかを、この承継は静かに示しています。角膜で積み上げた製造と品質管理の手順が、iPS細胞を使う他の再生医療にも生きるのかが、次に問われます。

2012年時点で移植を待つ人が世界に約1,270万人いたとされるなかで、日本から生まれた技術がどこまで届くのか。角膜という小さな組織から始まった挑戦が、次にどこへ向かうのかを注視したいところです。

フロントジャーナル編集部

本記事は、FrontJournalが公開情報をもとに独自に分析した第三者コンテンツであり、対象企業・研究機関の公式見解ではありません。

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