株式会社マトリクソーム|iPS細胞の培養基質となるラミニンE8断片を開発する大阪大学発ディープテック

株式会社マトリクソーム(Matrixome)

マトリクソーム「ラミニンE8断片」を研究|研究領域=iPS細胞が接着する培養基質/強み=大きさは5分の1で接着力を保つ/将来性=再生医療の細胞を安定して製造

企業紹介|マトリクソームとは?

再生医療に使う細胞を安定して増やす技術として、注目を集める「ラミニンE8断片」。マトリクソームは、その「ラミニンE8断片」の社会実装を目指す、大阪大学発ライフサイエンス系ディープテック企業です。細胞が接着する培養基質「iMatrix」シリーズを、再生医療や創薬の研究現場へ提供しています。

キーワード「ラミニンE8断片」

「ラミニンE8断片」は、細胞が接着する培養基質のもとになるタンパク質から、必要な部分だけを取り出したものです。特徴は、全長の約5分の1の大きさでありながら、細胞を接着させる働きをほぼそのまま保つ点にあります。再生医療向けのiPS細胞を製造する現場で、組成の明確な培養基質として使えます。

市場課題|研究現場に残る動物由来の基質

現状の培養基質の課題|現状は、動物由来の培養基質で組成が変動/動物由来のため成分が変動する/ラミニン511は量産しにくい

動物由来の基質は組成が不明確

iPS細胞やES細胞の培養基質として研究用途で広く使われてきた動物由来の材料は、含まれる成分をすべて特定できません。代表例は「マトリゲル」(マウスの腫瘍から抽出した基底膜成分)で、標準的な培養基質として広く使われています。抽出物であるため成分はロット(一度に作る単位)ごとに変動し、医療用途の品質管理が困難です。

巨大なラミニンは扱いにくい

動物由来の材料に代わるラミニン511は、組換えタンパク質(培養細胞に作らせたタンパク質)として量産しにくい材料です。ラミニン511は分子量が約80万の巨大なタンパク質で、発現と精製が難しいためです。そのため、動物由来の材料に代わる選択肢が広がりにくい状態が続きます。

他にも、動物由来の材料に伴う感染性物質の混入リスク、ロットごとの培養条件の調整、細胞を塊で扱うために生じる細胞数のばらつき、といった課題があるといわれています。

FrontJournalの解説
  • 培養基質細胞を培養する容器の表面に敷き、細胞を接着させるための材料である。多くの細胞は、何かの表面に接着しないと増殖できず、狙った細胞へも変化しない。材料の組成が、育った細胞の品質を左右する。

マトリクソームの強み|ラミニンE8断片

マトリクソームが「ラミニンE8断片」を開発|今後は、組換え培養基質で品質管理が可能に/組成が明確な組換え培養基質/接着力を保ったまま大きさは5分の1

組換え断片で組成を明確に

動物の組織から抽出した基質は、ロットごとに含まれるタンパク質の量が変わるため、医療用途では品質を保証しにくい材料でした。

「iMatrix-511」は、ラミニン511からE8断片だけを取り出し、組換えタンパク質として製造した培養基質です。ラミニンは基底膜(細胞が接着する薄い膜)を作るタンパク質で、なかでもラミニン511は細胞表面の受け皿(インテグリン)と結びついて接着を担います。E8断片は、この結合に必要な部分だけを残した形です。必要なものだけを作るため、何がどれだけ入っているかを特定でき、医療用途の品質管理に向きます。医療グレードの「iMatrix-511MG」は、厚生労働省の「生物由来原料基準」に適合します。

5分の1の大きさで接着力を保つ

全長のラミニン511は分子量が大きく、組換えタンパク質として量産するには効率が上がりにくい材料でした。

E8断片の分子量は約15万で、全長の約5分の1の大きさです。接着に関わる部分だけが集まるため、同じ量で全長やマトリゲルより強く接着します。細胞は1個ずつに離すと死にやすくなる一方、接着の強い培養基質の上では生き残るため、継代を1個ずつ行えます。播種時はROCK阻害剤(細胞死を抑える薬)の併用が一般的です。ヒトのES細胞とiPS細胞が10回以上の継代に耐え、ES細胞では30回後も正常な核型(染色体の数と形)を保つことが、2012年の『Nature Communications』で報告されています。

FrontJournalの解説
  • 継代増えた細胞を新しい容器へ移し、培養を続ける操作である。多能性幹細胞は1個ずつに離すと死にやすいが、接着の強い基質の上では生き残るため、塊にせず均一な数で播けるようになる。

ラミニンE8断片の未来|再生医療への応用

小さなE8断片が変える未来|培養基質が、再生医療の量産を支える/iPS細胞ストックの製造に採用/心不全の治験で心筋細胞用を使用/立体培養へ広げ細胞数を確保

iPS細胞ストックの製造に採用

医療グレードの「iMatrix-511MG」は、再生医療向けの細胞の製造で使われています。京都大学iPS細胞研究所(CiRA)のiPS細胞ストック事業が、その一例です。京都大学ウイルス・再生医科学研究所のES細胞事業でも採用されています。細胞の製造では、培養基質と、マイオリッジなどが手がける培地が品質を左右するため、材料の安定供給が細胞を患者へ届ける支えになります。

心不全の治験で心筋細胞用を使用

治験でも心筋細胞用の「iMatrix-221」が使われています。Heartseedが開発する、虚血性心疾患に伴う重症心不全を対象とした治験薬で、他家のiPS細胞から作った心筋球(心筋細胞を球状に集めたもの)「HS-001」の製造に用いられました。第I/II相試験は、2022年12月の1例目の移植から2025年2月に予定10例の投与が完了し、2026年8月に52週の結果が公表されています。細胞の種類ごとに適したラミニンを選べる点が、用途を支えます。

立体培養への展開を目指す

同社が目指すのは、培養基質の用途を平面から立体へ広げることです。2026年4月には、パールカン(基底膜の別の成分)の働きも併せ持つ「perLAM」の販売を始めました。微小な粒子の表面で細胞を育てるマイクロキャリア培養では、細胞が接着できる面積が大きくなります。同社はこの応用を日本再生医療学会などで報告しており、平面の培養皿では確保しにくい細胞数を、まとまった規模で量産できる体制が目標です。

会社概要|マトリクソームの事業内容・設立背景

大阪大学の研究から事業化

マトリクソームは、大阪大学蛋白質研究所の研究成果を事業化するため、2015年12月に大阪府吹田市で設立されました。創業の中心となったのは、同研究所の関口清俊氏です。同氏が提唱した「マトリクソーム」は、細胞を取り巻く細胞外マトリックス(細胞の外側にあるタンパク質の網目構造)分子の総体を指す言葉で、社名の由来にもなっています。事業の土台となったのは、ラミニンの研究と、コラーゲンを手がける株式会社ニッピの研究部門との共同研究です。代表取締役社長には山本卓司氏が就任し、本社は、関口氏の研究室と同じ大阪大学蛋白質研究所の共同研究拠点棟にあります。

発明表彰と紫綬褒章

研究成果は、公的な表彰を通じて評価されています。2020年9月には「再生医療用多能性幹細胞の培養基材の発明」(特許第5590646号)が、「全国発明表彰」(発明協会が優れた発明を表彰する制度)の「未来創造発明賞」を受賞しました。関口氏は2023年4月に「紫綬褒章」を受章し、2026年4月には第58回「市村学術賞」を受賞しています。

研究用と医療用の二本立て

事業は、研究用の試薬と医療グレードの製品を並行して供給する二本立てです。主力製品の製造を担うのは、株式会社ニッピです。マトリクソームは販売を担当しています。国内では富士フイルム和光純薬やタカラバイオなどの販売代理店を通じて流通し、海外へも供給されています。資本金は1億4,150万円で、株主はニッピやサラヤなどです。

会社情報

会社名株式会社マトリクソーム(Matrixome, Inc.)
所在地大阪府吹田市山田丘3番2号 大阪大学蛋白質研究所 共同研究拠点棟2F-A3
設立2015年12月3日
代表山本 卓司(代表取締役社長)。関口 清俊(取締役・大阪大学蛋白質研究所)
資本金1億4,150万円
調達2016年1月に第三者割当増資を実施(金額は非開示)。株主は関口 清俊、株式会社ニッピ、サラヤ株式会社ほか
事業ラミニンE8断片を用いた培養基質の開発と販売。主な製品はiMatrix-511、iMatrix-511 silk、Easy iMatrix-511、iMatrix-221、iMatrix-411、perLAM。医療グレードのiMatrix-511MGは生物由来原料基準に適合
技術領域ラミニンE8断片、細胞外マトリックス、基底膜、培養基質、組換えタンパク質、再生医療。特許第5590646号「再生医療用多能性幹細胞の培養基材の発明」
連携株式会社ニッピ(主力製品の製造)。京都大学iPS細胞研究所 再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト。Heartseed株式会社(iMatrix-221)
採択全国発明表彰 未来創造発明賞(令和2年度・2020年9月)。日本ベンチャー学会 会長賞(2021年8月)。関口 清俊 紫綬褒章(2023年4月)。第58回 市村学術賞(2026年4月)
URLhttps://matrixome.co.jp/

編集後記|FrontJournal編集部より

再生医療の話題では、iPS細胞そのものに注目が集まります。しかし細胞は、培養基質に接着しなければ増えることも、狙った細胞へ変わることもできません。マトリクソームが手がけるのは、その接着の相手にあたる材料です。

興味深いのは、この会社が大きな分子を小さくした点です。巨大なラミニンをそのまま作るのではなく、細胞が実際につかまる部分だけを残しました。これは、生体での働きを調べたうえで必要のない部分を削った結果です。作りやすさと品質と扱いやすさが同時に改善した点で、研究の理解がそのまま製品の性能になった例といえます。

培養皿の底に敷かれる薄い層は、表に出ることのない存在です。それでも、患者へ届く細胞の品質は、この見えない培養基質から始まっています。

フロントジャーナル編集部

本記事は、FrontJournalが公開情報をもとに独自に分析した第三者コンテンツであり、対象企業・研究機関の公式見解ではありません。

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