株式会社マイオリッジ|低分子化合物でiPS細胞を心筋細胞へ分化させる培地を開発する京都大学発ディープテック

株式会社マイオリッジ(MyoRidge)

マイオリッジ「心筋分化誘導培地」を研究|研究領域=細胞を目的の種類へ導く培地/強み=低分子化合物で無血清の培地に/将来性=創薬や細胞医療へ用途が広がる

企業紹介|マイオリッジとは?

医薬品の安全性をヒトの細胞で確かめる技術として、注目を集める「心筋分化誘導培地」。マイオリッジは、その「心筋分化誘導培地」の社会実装を目指す、京都大学発のライフサイエンス系ディープテック企業です。幹細胞や免疫細胞向けの培地シリーズと培地の最適化サービスを、製薬企業や研究機関へ提供しています。

キーワード「心筋分化誘導培地」

心筋分化誘導培地は、iPS細胞(体のさまざまな細胞になれる万能細胞)を心臓の筋肉の細胞へ導くための培養液です。特徴は、分化を促す成分を組換えタンパク質から低分子化合物へ置き換えた、無血清の組成という点にあります。心臓への副作用を調べる創薬の現場では、この培地で育てたヒトの心筋細胞を安全性の評価に生かせます。

市場課題|ヒト心筋細胞の確保が壁

現状の細胞培養の課題|現状は、培地が高価で心筋細胞を揃えにくい/安全性の評価にヒト心筋細胞が要る/培地に使うタンパク質が高価

心毒性の評価にヒト細胞が要る

医薬品の開発では、心臓への副作用である心毒性を早く見極めます。国際的な合意文書ICH E14/S7Bの質疑応答集は2022年に、ヒトの心筋細胞を用いた試験管内評価(生体の外で調べる方法)の進め方を示しました。同じ文書は3R原則(動物実験の削減・置換・改善)にも触れており、ヒトの細胞で調べる場面が増えるほど、安定供給が課題です。

培養に高価なタンパク質を要する

細胞を目的の種類へ分化させる培地には、組換えタンパク質が要ります。これらの成分はサイトカイン(細胞へ指示を伝える物質)などと呼ばれ、製造工程が複雑なため価格が高く、ロットごとに品質の差も出ます。そのため培地の費用と品質のばらつきが、研究や製造の負担です。

他にも、動物由来の成分を避けるゼノフリー化への対応、細胞の種類ごとに培地を作り分ける手間、品質を保つ管理の負担、といった課題があるといわれています。

FrontJournalの解説
  • 心毒性医薬品が心臓の拍動やリズムに与える悪影響を指す。開発の初期に見極められれば、後の工程での中止を避けやすい。
  • サイトカイン細胞どうしが情報を伝えるために出すタンパク質の総称。細胞を目的の種類へ導く培地に使われるが、製造費が高い。

マイオリッジの強み|培地の設計技術

マイオリッジが「心筋分化誘導培地」を開発|今後は、低分子化合物で心筋分化が可能に/低分子化合物で心筋細胞へ導く/成分の候補を絞り最適な組成を設計

低分子化合物で心筋へ分化

iPS細胞を心筋細胞へ導く従来の培地は、血清や組換えタンパク質を前提としており、費用が高く、品質の管理も難しいものでした。

心筋分化誘導培地は、この組換えタンパク質を低分子化合物へ置き換えた培養液です。基盤にあるのは、創業の中心となった南一成氏らが京都大学で発見した低分子化合物「KY02111」です。心筋への分化では、前半にWNTシグナル(細胞の育つ種類を決める信号)を活性化し、後半に抑えると効率が高まります。この化合物は後半のWNTシグナルを従来と異なる様式で抑え、成果は2012年に『Cell Reports』で報告されました。成分がはっきりしているぶんロットごとの差も抑えやすく、液中で育てる浮遊培養にも用いられています。

培地の成分を選び分けて設計

細胞の種類ごとに適した培地は異なり、成分を一つずつ試す設計には時間がかかります。

同社のもう一つの柱は、低分子化合物と培地成分のデータベースを土台にした培地スクリーニング(候補から適した組成を探す作業)の技術です。一つずつ試す代わりに候補を先に絞り込めるため、目的の組成へ短期間でたどり着けます。製品としては、間葉系幹細胞(骨や軟骨などに育つ幹細胞)向けやiPS細胞向け、T細胞向けの培地などを揃えています。2025年4月には住友化学と共同で、間葉系幹細胞用の新しい培地組成を開発しました。培地の受託最適化も手がけ、顧客の工程に合わせた組成を設計しています。

FrontJournalの解説
  • 低分子化合物分子量の小さい化学物質を指す。タンパク質より製造しやすく、品質を一定に保ちやすい性質を持つ。
  • WNTシグナル細胞がどの種類へ育つかを決める情報伝達の経路。心筋への分化では、この経路を段階的に制御することが鍵になる。
  • ゼノフリー培養に動物由来の成分を用いない状態を指す。感染や品質のばらつきを避けるため、再生医療の分野で重視される。
  • 間葉系幹細胞骨や軟骨、脂肪などへ育つ能力を持つ幹細胞。細胞治療で広く研究され、培養のための培地需要が大きい。

心筋分化誘導培地の未来|創薬と細胞医療へ

低分子化合物の培地が変える未来|培地の設計が、創薬と細胞医療を支える/ヒト心筋細胞で安全性を評価/免疫細胞療法の培地へ広がる/再生医療の製造基盤を目指す

毒性評価の条件検証が進む

ヒトのiPS細胞由来心筋細胞を使った評価は、条件の作り込みが進む段階に入っています。同社は2026年2月、三井化学、東京大学、東京科学大学と共同で、毒性評価における酸素供給の影響を検証した成果を公表しました。検証には酸素をよく通す培養プレートを用い、成果は日本動物実験代替法学会の英文誌『AATEX』に掲載されました。酸素の供給条件で結果が動くため、条件を揃える積み重ねが、ヒト細胞による安全性試験の再現性を支えます。

免疫細胞療法の培地へ広がる

培地の技術は、免疫細胞療法の領域へも広がっています。2026年4月、同社は愛媛大学大学院医学系研究科の山下政克教授らと、完全無血清のT細胞増殖培地「EMTM」を開発したと発表しました。この培地は無血清の組成で、増やしたあともナイーブT細胞(抗原に出会う前のT細胞)の性質を保ちやすいとされています。想定する用途は、CAR-Tをはじめとする養子免疫療法(患者の免疫細胞を増やして体内へ戻す治療)や自己免疫疾患の研究などです。

再生医療の製造基盤を目指す

同社が目指すのは、再生医療や細胞治療を支える培地の製造基盤になることです。細胞を治療に用いるには、必要な量と品質を安定して確保する工程が欠かせません。同社は培地を設計する立場から、細胞製品の品質と生産効率の向上を支えます。低分子化合物を軸に、幹細胞から免疫細胞まで応用先を広げています。

FrontJournalの解説
  • 動物実験代替法動物を用いる試験を、細胞や計算モデルによる方法へ置き換える取り組みを指す。3R原則の柱の一つである。
  • CAR-T患者から取り出したT細胞を加工し、がん細胞を狙って攻撃できるようにしたうえで体内へ戻す治療法を指す。

会社概要|株式会社マイオリッジ

京都大学の研究から事業化

マイオリッジは、2016年8月に京都市で設立されました。創業の中心となったのは、京都大学の研究拠点である物質-細胞統合システム拠点で心筋分化を研究してきた南一成氏です。同社は、低分子化合物による分化誘導の成果を、研究室の外にある製造や創薬の現場へ届けることを目的としています。2024年10月には鈴木健夫氏が代表取締役社長CEOに就任し、南氏は最高事業技術責任者を務めています。本社を置くのは、京都市左京区の京都技術科学センターの一室です。

大手化学メーカーと連携

事業の広がりは、事業会社や大学との連携に表れています。2022年4月には住友化学、三菱ケミカルホールディングス、凸版印刷(現TOPPAN)と資本業務提携(出資を伴う業務上の提携)を結びました。2024年には細胞の受託製造を手がけるMinaris Regenerative Medicineと業務提携し、株式会社エピストラとは人工知能を活用した培地開発を進めています。

2022年に総額約6億円を調達

資金面では、2022年4月に事業会社3社との資本業務提携に伴う総額約6億円の調達を完了しています。このほか、ディープテック領域を対象とするベンチャーキャピタル(未上場企業に出資する投資会社)からの出資も受けています。

会社情報

会社名株式会社マイオリッジ(MyoRidge Co., Ltd.)
所在地京都府京都市左京区吉田河原町14番地 京都技術科学センター 本館B5号室
設立2016年8月
代表鈴木 健夫(代表取締役社長CEO・2024年10月就任)
事業内容細胞培養用培地の開発と販売。培地の受託最適化とコンサルティング。再生医療・細胞治療の開発支援。試験管内モデルの開発支援。
主な製品間葉系幹細胞向け培地シリーズ(ゼノフリー、動物由来成分不含、低成分、三次元培養向け)。iPS細胞用培地シリーズ。αβT細胞・γδT細胞向け無血清培地シリーズ。
調達約6億円(2022年4月時点。事業会社3社との資本業務提携に伴う調達)
投資家住友化学、三菱ケミカルホールディングス、凸版印刷(現TOPPAN)ほか
連携住友化学と間葉系幹細胞用の新規培地組成を開発(2025年4月)。愛媛大学と無血清T細胞増殖培地「EMTM」を開発(2026年4月)。三井化学・東京大学・東京科学大学と心筋毒性評価の条件を検証(2026年2月)。Minaris Regenerative Medicineと業務提携(2024年)。
技術領域心筋分化誘導培地、低分子化合物によるシグナル制御、無血清・ゼノフリー培地、培地スクリーニング、創薬支援、再生医療
URLhttps://myoridge.co.jp/

編集後記|FrontJournal編集部より

細胞を育てる培養液は、研究の主役として語られることの少ない材料です。しかし細胞を狙った種類へ導き、必要な量と品質で揃えられるかどうかは、この液の設計にかかっています。マイオリッジは、この目立たない材料を低分子化合物という手段で作り替えてきました。

同社が扱うのは、単なる培養液ではなく、細胞を産業の資材として成立させるための設計技術です。心筋細胞から間葉系幹細胞、そしてT細胞へと、培地の設計技術の応用先が広がってきました。研究室で生まれた化合物が、製薬や細胞治療の製造現場を支える部品へ育っていく道筋には、確かな期待が持てます。

京都で見つかった小さな化合物が、細胞を育てる培地を通じて医薬の安全を支える日が近づいています。

フロントジャーナル編集部

本記事は、FrontJournalが公開情報をもとに独自に分析した第三者コンテンツであり、対象企業・研究機関の公式見解ではありません。

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