FrontJournalの解説
この研究分野について
「1原子=1ビット」を目指す単一原子磁石メモリーは、記憶の密度を極限まで高める研究テーマとして続けられてきました。ただし、原子スピンの読み書きに電流を用いる従来手法では、ジュール熱による発熱が避けられず、微小な素子の安定動作や消費電力の面で壁がありました。電流を使わずに原子スピンを読み書きできるかは、この分野の長年の課題です。
①磁気交換力顕微鏡で「力」からスピンを読み出す
研究グループは、酸化マグネシウム薄膜上に置いたホルミウム原子1個に対し、磁気交換力顕微鏡(MExFM)を用いて、探針との間に働く量子力学的な磁気交換力を測定しました。これにより、原子のスピンが上向きか下向きかという情報を、電流を流さずに直接読み出すことに成功しました。電気ではなく「力」を用いる点が、従来手法との大きな違いです。
②探針の押し込みでスピンを反転させて「書き込み」
読み出しに加えて、書き込みも「力」で行いました。探針で原子に微小なひずみを生じさせ、原子の吸着サイトの対称性を制御することで、スピンの反転を意図的に引き起こすことに成功しています。読み出しと書き込みの両方を電流を介さずに実現した点が、この研究のポイントです。
③超低発熱・超高密度メモリーの基礎に
電流を使わないため、ジュール熱による発熱やエネルギー損失を大幅に抑えられます。研究グループは、この技術を発展させることで1原子1ビットの超高密度メモリーや、超低発熱で動作する次世代情報デバイスの実現につながるとしています。まずは基礎的な原理検証の段階ですが、原子スケールでの新しい読み書き手段が示された意義は小さくありません。
編集部からひとこと
スピンの読み書きを「電気」ではなく「力」で行うという発想自体はこれまでも議論されてきましたが、単一原子レベルで実際に読み書き両方を実現した点が今回の特徴です。応用にはまだ超低温・超高真空といった実験室条件が前提で、実用素子への道のりは長いものの、電流駆動を前提としない原子スケール情報処理の基礎データが積み上がってきたと言えます。本研究はJST創発的研究支援事業(JPMJFR203J)ほか、JSPS科学研究費補助金の支援を受けています。