Pale Blue|「水推進系」を研究する東京大学発のディープテックスタートアップ

株式会社Pale Blue(ペールブルー)

Pale Blue|研究領域=水を推進剤にする衛星エンジン/強み=投入から離脱まで1系統でまかなう/将来性=衛星群から月まで用途が広がる

企業紹介|株式会社Pale Blueとは?

打ち上げ後の小型衛星が自力で軌道を変えられる技術として、注目を集める「水推進系」。株式会社Pale Blueは、その「水推進系」の社会実装を目指す、東京大学発のディープテックスタートアップです。水レジストジェット「PBR」水イオンエンジン「PBI」を、衛星メーカーや宇宙機関へ提供しています。

キーワード「水推進系」

「水推進系」は、水を推進剤として推力を生み出す衛星用のエンジンです。特徴は、常温で扱える水をタンクに積むだけで、軌道の変更と維持の両方に使える点にあります。地上での取り扱いが容易なため、衛星の組み立てや打ち上げの現場では、通常の作業環境のまま搭載できます。

市場課題|小型衛星の軌道と推進剤

現状の小型衛星の課題|打ち上げ後に軌道を変えにくい/推進剤の充填に専用設備が必要

小型衛星は軌道を変えにくい

小型衛星の多くは、打ち上げ後に自力で軌道を変えにくい構造です。打ち上げ機会はIsar Aerospace(ドイツの小型ロケット企業)など新興のロケット企業の登場で広がりましたが、投入先の軌道はロケット側が決めるため、任務に適した高度へ移るには推進系(衛星が自力で軌道を変えるためのエンジン)が必要です。推進系がないと、観測したい地域を通る時刻も、物体の回避も選びにくくなります。

推進剤の扱いに設備を要する

従来の推進剤を地上で扱うには、専用の設備と手順が必要です。化学推進で長く使われてきたヒドラジンは毒性が強く、充填には防護装備が欠かせません。電気推進で使うキセノンも希少な気体で、打ち上げ数が増えるほど調達が難しくなるといわれています。

他にも、充填設備の維持費、欧州で強まるヒドラジンの使用制限、推進系が搭載機器の容積を圧迫すること、といった課題があるといわれています。

FrontJournalの解説
  • ヒドラジン窒素と水素からなる化合物で、宇宙機の化学推進剤として長く使われてきた。毒性が強く、充填には防護装備と専用の設備を要する。
  • キセノン大気中にごくわずかしか含まれない希ガスで、電気推進の推進剤に用いられる。生産量が限られ、需要の増加が調達価格に影響しやすい。

Pale Blueの強み|水を推進剤とする推進系

Pale Blueが「水推進系」を開発|今後は、水推進系で軌道の選択が可能に/投入から離脱まで1系統で担う(水のタンクとPBR・PBIの2つのノズル)/常温の水で扱いやすくなる(水と衛星のタンク)

投入から離脱まで1系統で担う

推進方式は推力の大きさか燃費のどちらかに偏りやすく、1系統で軌道の投入と維持の両方をまかないにくい構造でした。

水レジストジェット「PBR」と水イオンエンジン「PBI」を1系統にまとめたのが、統合推進系「KIR-X」です。推力の大きい「PBR」は軌道投入や衝突回避に、燃費に優れる「PBI」は軌道維持や軌道離脱に向きます。「PBI」は、2025年9月に世界で初めて軌道上で作動しました。「KIR-X」も、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小型実証衛星「RAISE-4」で、2026年4月に軌道上での作動が確認されています。推進剤を水に統一したため、1機の衛星が軌道投入から離脱までを同じタンクでまかなえます。

水を推進剤にして扱いやすく

宇宙機の推進剤には反応性や毒性の高い物質が選ばれてきたため、保管と充填には隔離された設備が要りました。

同社が推進剤に選んだのは、常温で液体のまま扱える水です。水は反応性が低く安定しているため、通常の作業環境のまま衛星へ充填できます。充填の前後に防護装備や隔離設備を用意する手間も小さくなり、打ち上げ前の作業を組みやすくなります。こうした扱いやすさから、水を推進剤とする方式は、アメリカ航空宇宙局(NASA)が公開する小型宇宙機の技術動向の報告書にも取り上げられました。地上での取り扱いが容易な点は、打ち上げ数が増える小型衛星にとって利点になるといわれています。

FrontJournalの解説
  • レジストジェット推進剤を電気ヒーターで加熱し、蒸気にして噴射する推進機。構造が簡単で推力が大きい。
  • イオンエンジン推進剤を電気の力でイオンにし、電界で加速して噴射する推進機。推力は小さいが少ない推進剤で長く運転でき、軌道の維持に向く。
  • 統合推進系性質の異なる複数の推進方式を1つの装置にまとめ、共通のタンクと配管で動かす仕組み。用途ごとに機器を積み分ける必要が小さくなる。
  • 軌道離脱役目を終えた衛星の高度を下げ、大気圏へ再突入させて軌道上から取り除く操作。軌道上に残る物体を減らす手段として重視される。

水推進系の未来|宇宙輸送への応用

扱いやすい水推進系が変える未来|商業衛星の運用ですでに使われる/量産して衛星群へ推進系を供給/月へ向かう輸送に用途を広げる

商業衛星ですでに運用中

「水推進系」は、すでに商業衛星の運用で使われています。ソニーグループの人工衛星「EYE」は、同社の水レジストジェットを搭載し、2023年1月に打ち上げられました。この推進機は、高度500kmから600kmでの軌道投入と軌道維持に用いる設計で、およそ2年半の運用が想定されています。イタリアのD-Orbitが運用する軌道輸送機「ION Satellite Carrier」へも、水イオンエンジンを搭載する契約を結んでいます。

量産で衛星群へ供給する体制

短期の焦点は、推進機を量産して衛星群へ供給する体制の整備です。茨城県つくば市の生産技術開発拠点が2026年2月に稼働し、開発から製造までを国内で進める体制が整いました。株式会社アクセルスペースとは、2027年に水ホールスラスタ「PBH-100」の宇宙実証を行う契約を結んでいます。多数の小型衛星で構成する衛星コンステレーションでは、推進系を安定して供給できるかが鍵になります。

月へ向かう宇宙輸送を目指す

同社は、地球周回軌道の先にある月への輸送まで適用範囲を広げることを目指しています。東京大学とは、月探査に向けた統合型の「水推進系」の研究に共同で取り組んできました。2026年1月には、JAXAの宇宙戦略基金で「空間自在移動の実現に向けた技術」に採択され、月とその先を結ぶ軌道間輸送機の開発に入りました。月の周辺での活動が増えるほど、推進剤を安全に扱えることの意味は大きくなるといわれています。

FrontJournalの解説
  • 衛星コンステレーション多数の小型衛星を連携させ、一体の系として運用する構成。観測や通信の頻度を高められる一方、機体ごとの部品供給が課題になる。
  • ホールスラスタ磁場と電界を組み合わせて推進剤のイオンを加速する電気推進機。イオンエンジンより推力が大きく、軌道の変更にも使いやすい。

会社概要|Pale Blueの事業内容・設立背景

東京大学の研究から事業化

株式会社Pale Blueは、東京大学で進められてきた「水推進系」の研究を事業化するため、2020年4月に千葉県柏市で設立されました。創業の中心は、東京大学大学院新領域創成科学研究科で研究を進めてきたメンバーです。創業前の2019年には、同研究科の小泉宏之氏らが水を推進剤とする超小型衛星「AQT-D」を国際宇宙ステーションから放出し、軌道上で実証しました。代表取締役は、同研究科の特任助教を務めた浅川純です。

国と企業の双方と連携

国の事業と民間企業の双方との連携が、開発を支えてきました。2021年には新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援事業に採択され、経済産業省から小型衛星向けの推進系技術を受託しています。JAXAとは、小型実証衛星「RAISE-4」の実証に加え、パートナースタートアップとしても連携しています。

シリーズCで約15億円を調達

同社は、2025年8月にシリーズCラウンドで約15億円の調達を完了しました。シリーズCは、量産と品質管理の体制を固める段階の資金調達です。調達した資金は、生産拠点の立ち上げと人員・品質体制の強化、水ホールスラスタの開発と実証に充てられます。

会社情報

会社名株式会社Pale Blue(Pale Blue Inc.)
所在地千葉県柏市柏の葉6-6-2 三井リンクラボ柏の葉1-101号室。つくば生産技術開発拠点=茨城県つくば市上河原崎
設立2020年4月
代表代表取締役 浅川 純
資本金1億円
調達シリーズCラウンドで約15億円(2025年8月)。シリーズBラウンドで約25億円(2024年6月)
投資家株式会社エースタート、ニッセイ・キャピタル株式会社、三井住友海上キャピタル株式会社、伊藤忠テクノロジーベンチャーズ株式会社、KURONEKO Innovation Fund 等
連携ソニーグループ「EYE」、D-Orbit、株式会社アクセルスペース、東京大学 等
技術領域水推進系(水レジストジェット「PBR」、水イオンエンジン「PBI」、統合推進系「KIR-X」、水ホールスラスタ「PBH-100」)
採択NEDO 研究開発型スタートアップ支援事業(2021年)、経済産業省 宇宙開発利用推進研究開発、JAXA 革新的衛星技術実証4号機(RAISE-4)、宇宙戦略基金「空間自在移動の実現に向けた技術」(2026年)
受賞宇宙開発利用大賞 JAXA理事長賞(2024年)、大学発ベンチャー表彰 日本ベンチャー学会会長賞(2023年)、Japan Venture Awards 中小機構理事長賞(2022年)
URLhttps://pale-blue.co.jp/jpn/

編集後記|FrontJournal編集部より

水は、地上のどこにでもあります。その水を推進剤に選んだことで、宇宙機の開発と運用の工程が身近になりました。技術の価値は、性能の高さだけでなく扱いやすさから生まれます。

公開情報から見えるのは、同社の技術が推進機の置き換えではなく、衛星の運用そのものを設計し直す提案だという点です。軌道の投入から離脱までを1つのタンクでまかなえるなら、衛星の設計者は任務のほうから軌道を選べます。設計と運用計画を同じ土俵で置けます。

地球を回る小さな機体が、水だけで行き先を決めます。その光景が当たり前になる日を待ちたいと思います。

フロントジャーナル編集部

本記事は、FrontJournalが公開情報をもとに独自に分析した第三者コンテンツであり、対象企業・研究機関の公式見解ではありません。

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