宇宙で医薬品の結晶を製造する Varda Space Industries(米国発)

新しい薬の製法へ「宇宙製造」を研究【Varda Space Industries|米国発】

医薬品の開発では、有効成分の結晶の形や大きさをそろえる工程が品質を左右します。この工程を宇宙で行うのが、米国のバルダ・スペース・インダストリーズ(Varda Space Industries)です。無人の衛星で「宇宙製造」を行い、製品を回収カプセルで地上へ持ち帰ります。初号機「W-1」では、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)治療薬の結晶を宇宙で製造して地上で回収しました。2025年には約1億8,700万ドル(約281億円)の調達を発表しています。

医薬品製造の課題

Varda Space Industriesの紹介と、結晶形の変化で医薬品の供給が滞り、宇宙での実験機会が国際宇宙ステーションに限られる課題を示す図

結晶形の変化で供給が滞る

医薬品の有効成分の多くは結晶で、同じ成分でも結晶多形(分子の並び方が違う結晶)によって溶けやすさや安定性が変わります。1998年にはHIV治療薬のリトナビルで、より安定な結晶形が予期せず現れ、元の結晶形を製造しにくくなったことで製品の回収に至りました。結晶の形を制御しきれないままでは、承認後の薬でも同じような供給の混乱が起こりえます。

宇宙実験の場はISSが中心

重力がほぼない微小重力の環境では、対流(液の流れ)や沈降(粒が沈むこと)が抑えられ、大きさや構造のそろった結晶ができやすくなります。ただしその実験の場は、これまで主に国際宇宙ステーション(ISS)に限られ、米メルクも抗がん剤の有効成分の結晶化をISSで試してきました。ISSは2030年ごろの運用終了が計画されており、このままでは宇宙で製造して地上で調べる機会がさらに限られます。

  • 結晶多形
    同じ分子でできていても、分子の並び方が異なる結晶ができる現象。結晶形ごとに溶ける速さや保存中の安定性が異なる。
  • 微小重力
    地球を回る宇宙機の中のように、重力の影響がほとんど感じられない状態。無重力とも呼ばれる。

Varda Space Industriesが「宇宙製造」を研究

Varda Space Industriesが研究する宇宙製造の、回収カプセルで製品を地上へ持ち帰る仕組みと自社製の衛星による高頻度の飛行を示す図

課題解決に挑むVarda Space Industries

Varda Space Industriesは、微小重力の宇宙で医薬品の結晶を製造し、地上へ持ち帰る「宇宙製造」を研究する米国の企業です。2021年1月にウィル・ブルーイ氏とデリアン・アスパルホフ氏が設立し、カリフォルニア州エルセグンドに本社を構えます。2022年には共同研究者とともに、リトナビルの新しい結晶形「Form III」(3番目に見つかった結晶形)の性質を学術誌『Crystal Growth & Design』で報告し、のちに宇宙での最初の実験でもこの結晶形を扱いました。

カプセルで製品を地上へ回収

同社の宇宙機は、衛星本体と回収カプセルを組み合わせた「W-Series」です。カプセルの中で結晶化などの処理を無人で行い、終わるとマッハ25(音速の25倍)を超える速さで大気圏に再突入し、パラシュートで着地します。熱から中身を守る耐熱材には、米航空宇宙局(NASA)エイムズ研究センターが開発した炭素系の材料「C-PICA」を使い、現在は自社で製造しています。着地した製品はすぐに回収して分析に回せるため、顧客は結果を確かめて次の実験を組み立てられます。

自社製の衛星で飛行を高頻度化

同社は「W-4」から衛星本体も自社で製造し、宇宙機のすべてを社内で手がける体制に移りました。2026年1月には「W-5」が、自社製の衛星本体で初めて軌道上の運用から再突入までを終え、南オーストラリア州の試験場に着地しました。2025年には1年間で4回の打ち上げを行い、飛行の頻度を高めています。無人の衛星で自律的に運用するため、有人の宇宙ステーションの制約を受けにくい点も特長です。

  • 再突入
    宇宙から地球の大気圏へ戻ってくること。空気との摩擦や圧縮で機体の表面が高温になるため、耐熱材で中身を守る。
  • C-PICA
    NASAエイムズ研究センターが開発した耐熱材。表面が少しずつ焼けて削れることで熱を運び去り、内部を守る。

宇宙製造の未来

宇宙製造によって宇宙で作った結晶の品質確認が可能になり、抗体医薬の製剤改良を目指し、累計3億ドルを超える資金を調達したことを示す図

宇宙製の結晶の品質確認が可能に

宇宙で結晶化した医薬品が、地上に戻っても品質を保つか確かめられるようになりました。同社は「W-1」で2023年にリトナビルの「Form III」を宇宙で結晶化し、2024年2月に米ユタ州へ着地したカプセルから回収しました。X線を使った分析で結晶形が保たれていることを確認し、その結果は2026年に学術誌『npj Microgravity』で公表されています。日本でも、東北大学発のElevationSpaceが大日本印刷と、宇宙で実証した材料の回収・分析で資本業務提携するなど、宇宙から持ち帰って調べる事業の準備が進んでいます。

抗体医薬の製剤改良を目指す

同社は、抗体医薬の製剤を「宇宙製造」で改良することを目指しています。エルセグンドに約930平方メートル(1万平方フィート)の研究所を新設し、モノクローナル抗体(特定の標的だけに結合する抗体)などバイオ医薬品の結晶化に取り組み始めました。微小重力で粒のそろった結晶を得られれば、薬の保存期間や体への吸収を改善できる可能性があります。実現すれば、患者が使える薬の選択肢が広がります。

累計3億ドル超の資金を調達

同社は2025年7月、シリーズC約1億8,700万ドル(約281億円)の調達を発表しました。Natural CapitalとShrug Capitalが主導し、Founders FundやKhosla Venturesも参加して、累計調達額は約3億2,900万ドル(約494億円)に達しています。宇宙機は米空軍研究所の支援を受け、再突入時の極超音速(音速の5倍以上)の飛行データを集める試験の場としても使われています。資金は打ち上げ頻度の向上と研究所の拡充に充てられ、「宇宙製造」の実用化に向けた実験の回数が増える見通しです。

  • シリーズC
    スタートアップの資金調達の段階の一つ。製品や事業の手応えが見えた企業が、事業の拡大に向けて大きな額を集める段階を指す。
  • 抗体医薬
    体の免疫が作る抗体の働きを利用し、がん細胞などの特定の標的に結びつくように作った医薬品。

まとめ

「宇宙製造」の利点は、地上では避けにくい対流や沈降を抑え、大きさや構造のそろった結晶を得られることです。Varda Space Industriesは無人の衛星と回収カプセルを自社で製造し、宇宙で処理した医薬品を地上へ持ち帰る実績を重ねてきました。宇宙で結晶化した医薬品が品質を保つことを学術誌で示し、抗体医薬への応用に向けた研究所も整えています。日本でも宇宙から材料を回収して分析する事業の準備が進んでおり、製薬や素材の企業にとって研究開発の選択肢が広がります。FrontJournal編集部は、「宇宙製造」が新しい医薬品の製法の一つとして根づくことに期待しています。

※ 本記事は各社の公式発表・学術論文・主要報道をもとに、FrontJournal編集部が再構成したものです。数値は各社・各媒体の公表値です。ドルの円換算は1ドル=約150円で概算しています。
主な出典:Varda Space Industries の公式サイト各ページとプレスリリース、npj Microgravity 掲載論文、Crystal Growth & Design 掲載論文。

この記事の作者

FrontJournal編集部

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