新薬や新素材の計算を速める中性原子の量子コンピュータ Pasqal(フランス発)

【フランス発|Pasqal】新薬や新素材の開発を速める「量子コンピュータ」を研究

新しい薬や素材を開発するには、分子がどのような性質を持つかを、事前に計算で確かめる必要があります。しかし、この計算はきわめて複雑で、現在のコンピュータでは長い時間を要します。フランスのPasqal(パスカル)は、この複雑な計算を高速に行う量子コンピュータを開発する企業です。電気を帯びていない原子を光で規則正しく並べ、1個ずつを計算の単位とする「中性原子」方式を採用しています。2026年3月には、同社が米ナスダックへの上場に向けた合意を発表しました。同社はあわせて、約550億円の調達も計画しています。

新薬・新素材の開発にかかる計算の課題

新薬や新素材の開発では分子の組み合わせが膨大になり、いまのコンピュータでは計算に時間がかかることを示す図

新薬開発を支える膨大な計算

新しい薬や素材の研究では、原子や分子がどのように結合し、どのような性質を示すかを事前に把握することが重要です。実験だけで一つずつ検証すると、多くの材料費と時間がかかります。そこで研究開発の現場では、分子の挙動をコンピュータで再現する「分子シミュレーション」が広く使われてきました。これは、計算によって分子の性質を予測する手法です。ただし精度を高めるほど計算の負荷は大きく、結果を得るまでに長い時間がかかります。計算を高速化できれば、研究開発の期間短縮とコスト削減につながると期待されています。

分子の組み合わせの急増

分子の計算が難しいのは、調べるべき組み合わせが数多く生じるためです。原子の数が増えるほど、電子の状態の候補は指数関数的に(かけ算のように急激に)増えていきます。こうした問題は「組合せ最適化」と呼ばれています。候補が多すぎるため、現在のコンピュータでは現実的な時間で解けない場合もあります。同様の難しさは、荷物を最短経路で配送する計算や、投資先を選ぶ金融の計算にも表れます。そのため、量子コンピュータのような、従来とは異なる計算の仕組みが求められてきました。

FrontJournalの解説
  • 量子コンピュータ「0か1か」を同時に扱える量子の性質を利用し、候補の多い計算をまとめて試せる新しいコンピュータ。従来のコンピュータが苦手とする問題を、高速に解けると期待される。
  • 組合せ最適化多数の候補の中から、最も良い組み合わせを選ぶ問題。候補が増えるほど急激に難しくなる。配送ルートの決定や投資先の選択が身近な例。

中性原子を並べて計算を高速化する仕組み

Pasqalの仕組みの図。レーザーで中性原子を格子状に並べ、1000個を超える原子を量子ビットとして使って計算する

原子を並べて多くの計算を同時実行

Pasqalが用いるのは、電気を帯びていない「中性原子」を格子状に並べる方式です。多くの計算を同時に進めることで、計算に時間がかかるという課題を解こうとしています。まず真空にした装置の中で、レーザーの光でつくる「光ピンセット」(光で原子をつかむ技術)を用い、原子を1個ずつ捕らえます。並んだ原子の1つひとつが、計算の最小単位である量子ビットです。中性原子は同じ性質のものを多数用意できるため、量子ビットの数を増やしやすい点も強みです。

1,000個超の原子で複雑な問題に対応

同社は1,000個を超える原子を量子ビットにし、候補の多い問題に対応します。2024年には、1台の装置で1,000個を超える原子を並べることに成功したと発表しました。原子どうしの距離を変えながら、レーザーで原子の状態を操作して計算を進めます。原子を高いエネルギーの状態(Rydberg/リュードベリ状態)にすると、となり合う原子が強く影響し合います。この性質は、組合せ最適化の計算に適しているとされます。

光学研究所から2019年に独立

創業は2019年。同社は、フランスの光学研究所(Institut d'Optique)から独立(スピンアウト)して設立されました。中心となったのは、ジョルジュ=オリビエ・レイモン氏(CEO)です。中性原子の研究で知られるアントワーヌ・ブロウエス氏らも加わりました。共同創業者には、2022年にノーベル物理学賞を受賞したアラン・アスペ氏も名を連ねます。同社は、長年の基礎研究実用的な量子コンピュータへとつなげることを目指しています。

FrontJournalの解説
  • 中性原子プラスにもマイナスにも帯電していない原子。レーザーで操作しやすく、同じ性質のものを多数用意できるため、量子ビットを数多く並べるのに適する。
  • 量子ビット量子コンピュータの計算の最小単位。従来の「0か1か」だけでなく、両方が混ざった状態も表せる。数が多いほど複雑な計算を扱える。
  • Rydberg(リュードベリ)状態原子の電子を高いエネルギーの状態にしたもの。となり合う原子どうしが強く影響しあうため、量子ビットを結びつけて計算するのに使われる。
  • スピンアウト大学や研究所の研究成果をもとに独立して設立された会社。Pasqalもその一例である。

中性原子方式が産業の計算を変えていく

Pasqalの広がりの図。創薬や新素材の計算を後押しし、エネルギーや金融にも用途が広がり、約550億円を調達してNasdaq上場と量産をめざす

創薬や新素材の開発を後押し

同社の装置は、まず化学や創薬の計算で利用され始めました。化学大手BASFや製薬会社のベーリンガーインゲルハイムなどが、分子の性質を調べる計算に取り組んでいます。新薬の候補を絞り込み、素材を設計する作業を高速化できれば、開発の効率を高められると見込まれています。多くは研究段階ながら、実際の産業の課題で検証が進む点に特徴があります。

エネルギーや金融への広がり

用途は化学分野にとどまりません。同社は石油大手のサウジアラムコと、約200量子ビットの装置を用いた共同研究を進めています。金融業界でも、投資先の組み合わせを選ぶ計算や、リスクの見積もりへの応用が検討されている段階です。さらに同社は、これらの計算をHPC(高性能計算)と呼ばれる大型コンピュータと組み合わせる方法も模索しています。これは、量子コンピュータだけで処理するのではなく、従来のコンピュータと役割を分担する考え方です。

約550億円の調達と上場計画

2026年3月、同社は米ナスダックへの上場に向けて、特別買収目的会社(SPAC)との合意を発表しました。この合意で、同社の企業価値は約20億ドル(1ドル約150円で換算し約3,000億円)と見積もられています。あわせて同社は、私募と転換社債により、合計およそ550億円を調達する計画です。私募とは、特定の投資家に新株などを割り当てて資金を集める方法です。上場は2026年後半の完了を予定するものの、規制当局や株主の承認を必要とする段階にあります。調達した資金は、生産能力の拡大や研究開発に充てられる見込みです。

FrontJournalの解説
  • HPC(高性能計算)大量の計算を高速に行う大型コンピュータの総称。量子コンピュータと組み合わせ、得意な部分を分担させる使い方が検討されている。

まとめ:計算の壁に挑む量子コンピュータ

これまでのコンピュータは、決められた手順を高速に処理することで進歩してきました。Pasqalの中性原子方式は、そこに新たな選択肢を加えます。候補が多すぎて解けなかった計算を、異なる仕組みで解こうとする試みです。フランスの光学研究所で積み重ねた基礎研究は、大企業との協業や上場計画にまで発展しました。一方で、実際の産業でどこまで役立つか、大型の装置を安定して稼働できるかは、今後の課題として残ります。日本でも、大学や国の研究機関が量子コンピュータの研究に力を注いでいます。計算の難しさという共通の課題に対し、各国がそれぞれの方式で挑んでいる状況です。

※ 本記事は各社の公式発表・主要報道をもとに、FrontJournal編集部が再構成したものです。数値は各社・各媒体の公表値です。ドル・ユーロの円換算は1ドル=約150円・1ユーロ=約160円で概算しています。
主な出典:Pasqal公式(上場合意/資金調達/1,000原子)/BusinessWire/米SEC提出書類(Form 425・8-K)。

この記事の作者

FrontJournal 編集部

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本記事は、FrontJournalが公開情報をもとに独自に分析した第三者コンテンツであり、対象企業・研究機関の公式見解ではありません。

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