開頭せずに脳とつなぐブレイン・コンピューター・インターフェースを研究する Synchron(米国発)

開頭せずに脳とつなぐ「ブレイン・コンピューター・インターフェース」を研究【Synchron|米国発】

重い麻痺のある人にとって、デジタル機器の操作と家族や介護者との意思疎通をどう支えるかが課題です。この課題に挑むのが、脳の信号で機器を操作する「ブレイン・コンピューター・インターフェース」(BCI)を研究する米国のシンクロン(以下Synchron)です。首の静脈から脳の表面の血管へ電極を送り込み、開頭手術をせずに脳の信号を読み取る「Stentrode(ステントロード)」を開発しています。2025年11月には2億ドル(約300億円)の資金調達を発表し、承認に向けた大規模な臨床試験を準備しています。

意思疎通の課題

Synchronの紹介と、重い麻痺で機器の操作が難しく、脳の信号を読み取る方法には開頭手術の負担が大きいという課題を示す図

麻痺で機器の操作が困難

脳卒中や脊髄損傷、多発性硬化症などで手足が動かしにくくなると、メールの送信や家電の操作といったデジタル機器の操作が難しくなります。米国のクリストファー&ダナ・リーブ財団は2013年の調査で、米国の人口の約1.7%にあたる約540万人が麻痺とともに暮らしていると推計しました。手で入力できない人は、連絡や買い物のたびに家族や介助者の手を借りることになります。

開頭手術の負担が大きい

脳の信号を細かく読み取る方法の多くは、脳の表面や内部に電極を置くため、頭蓋骨を開く開頭手術を伴います。頭皮に貼る電極は手術が要りませんが、脳の信号は頭蓋骨を通る間に弱まり、細かな動きの意図を読み取りにくくなります。このままでは、手術の負担と信号の質を両立しにくい状況が続きます。

FrontJournalの解説
  • 脊髄損傷事故や病気で背骨の中の神経(脊髄)が傷つくこと。傷ついた位置より下の手足が動かしにくくなる。
  • 開頭手術頭蓋骨の一部を外して脳に直接触れる手術。体への負担が大きく、入院も長くなりやすい。

Synchronが「ブレイン・コンピューター・インターフェース」を研究

ブレイン・コンピューター・インターフェースの研究を示す図。首の静脈から脳の血管へ電極を送り込み、開頭せずに脳の信号でデジタル機器を操作する

課題解決に挑むSynchron

Synchronは、血管の中から脳の信号を読み取る「ブレイン・コンピューター・インターフェース」の企業です。オーストラリアのメルボルン大学の研究から生まれ、2021年に本社を米国のニューヨークへ移しました。出発点となったメルボルン大学の研究チームは、米国防高等研究計画局(DARPA)の資金を受け、血管内の電極で脳の信号を記録できることを動物実験で確かめ、2016年に学術誌「Nature Biotechnology」で発表しました。

血管経由で開頭が不要に

「Stentrode」は、首の頸静脈からカテーテル(細い管)で脳の血管まで送り込むため、頭蓋骨を開く必要がありません。網目状の筒であるステントに16個の電極を備え、手足の動きをつかさどる運動野に接する血管の内側にとどまります。脳梗塞の治療などで血管にステントを入れる手技を応用した方法です。

脳の信号で機器を操作

「Stentrode」は、手足を動かそうとしたときの脳の信号を読み取り、クリックなどのデジタル操作に変換します。米国で6人の患者が参加した臨床試験「COMMAND」では、12か月の観察期間中に、死亡や永続的な障害の悪化につながる機器関連の重い有害事象は報告されませんでした。2024年9月には、装置を埋め込んだ患者の1人がAmazonの音声アシスタントAlexaを脳の信号で操作し、照明の点灯や家電の操作を手も声も使わずに行ったと発表しました。

FrontJournalの解説
  • ステント網目状の金属の筒。狭くなった血管を内側から広げる治療で広く使われている。
  • 運動野大脳の表面にあり、手足を動かす指令を出す領域。体を動かそうと考えたときに、ここの神経細胞が活動する。
  • 有害事象臨床試験の期間中に参加者に起きた、好ましくない出来事。機器が原因かどうかを問わず記録し、安全性の判断に使う。

ブレイン・コンピューター・インターフェースの未来

ブレイン・コンピューター・インターフェースの未来を示す図。脳の信号でiPadを操作し、より自然な意思疎通をめざし、約300億円の資金を調達した

脳の信号でiPad操作可能に

Synchronは2025年5月、AppleのiPhoneやiPad、Apple Vision Proに脳の信号で入力する連携を発表し、同年8月には利用者が脳の信号でiPadを操作する様子を公開しました。国内では東京大学や慶應義塾大学などのグループが、スマートフォンなどの新しい操作方法への応用が期待される見ても触ってもわからない皮膚電極を開発しています。「ブレイン・コンピューター・インターフェース」が実用化されれば、重い麻痺のある人が手を使わずに家族とやり取りする手段になり得ます。

より自然な意思疎通を目指す

同社は、脳の信号をAIで読み解き、利用者の意図をより細かく反映できる意思疎通を目指しています。2025年1月にNVIDIAとの協業を明らかにし、同年3月には脳の信号を学習するAIモデル「Chiral」を発表しました。こうしたAIの開発には大量の神経活動データが要り、国内では理化学研究所が、AIの検証などに使える覚醒・睡眠・麻酔下の神経活動データを公開しています。同社は電極の数を増やした次世代機も開発中で、実現すれば操作できる機能が広がります。

約300億円の資金を調達

Synchronは2025年11月、2億ドル(約300億円)の資金調達を発表しました。Double Point Venturesが主導し、既存株主のARCH VenturesやKhosla Venturesなども加わりました。「Stentrode」は米国食品医薬品局(FDA)の承認をまだ受けておらず、同社はこの資金で、承認申請に必要なピボタル試験の準備を進めています。有効性が確かめられれば承認申請に進み、患者に届ける段階へ近づきます。

FrontJournalの解説
  • FDA(米国食品医薬品局)米国で医薬品や医療機器の安全性・有効性を審査し、販売を承認する政府機関。日本の厚生労働省などにあたる。
  • ピボタル試験医療機器の承認申請の根拠となる、規模の大きい臨床試験。少人数で安全性を確かめる初期の試験の次の段階にあたる。

まとめ

「ブレイン・コンピューター・インターフェース」は、麻痺のある人が脳の信号で機器を操作する手段として臨床試験の段階にあります。Synchronは血管経由で開頭手術を避け、米国の臨床試験で安全性のデータを重ねてきました。承認の前に臨床試験で有効性を確かめる流れは日本の医療機器も同じで、国内ではCaTeが、心疾患の在宅リハビリを支えるプログラム医療機器の治験で第1症例を完了しています。デジタル技術で暮らしを支える取り組みは、10月に幕張メッセで開かれるCEATEC 2026でも、ウェルビーイングなどのテーマで紹介されます。FrontJournal編集部は、「ブレイン・コンピューター・インターフェース」が麻痺のある人の意思疎通を支える選択肢になることに期待しています。

※ 本記事は各社の公式発表・主要報道をもとに編集部が再構成しました。円換算は1ドル=約150円の概算です。「Stentrode」は2026年9月時点でFDA未承認です。
主な出典:Synchronのニュースリリース(2025年11月6日ほか)、Endovascular Today(2024年)、メルボルン大学、Christopher & Dana Reeve Foundation「Prevalence and Causes of Paralysis, United States, 2013」。

この記事の作者

FrontJournal編集部

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本記事は、FrontJournalが公開情報をもとに独自に分析した第三者コンテンツであり、対象企業・研究機関の公式見解ではありません。

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