酵素設計を高速化する量子物理とAIを研究する Imperagen(英国発)

酵素設計を高速化する「量子物理とAI」を研究【Imperagen|英国発】

洗剤や医薬品の製造に使う酵素は、目的の性能に届く種類を見つけるまでに長い試行錯誤を必要としてきました。この課題に挑むのが、英国のインペラジェン(Imperagen)です。同社は量子物理にもとづく計算とAI、自動化した実験設備を一つの流れにつなぎ、酵素を設計しています。計算は実験の前に行い、有望な変異を絞り込む役割を担います。2026年5月には約500万ポンド(約9.5億円)の調達を発表しています。

酵素開発の課題

Imperagenの紹介と、酵素の変異の組み合わせが膨大で、試作と測定に時間と費用がかかる従来の酵素開発の課題を示す図

変異の候補が膨大に増加

酵素は洗剤や食品、医薬品の製造を支えていますが、目的の性能をもつ種類は簡単には見つかりません。酵素は数百個のアミノ酸が連なったたんぱく質で、1か所を別のアミノ酸に置き換える変異だけでも19通りあります。置き換える場所が複数になると候補は膨大に増え、開発は試行錯誤に頼ることになります。

試作と測定に時間と費用

実験室で候補を一つずつ製造して性能を測る方法では、有望な酵素に届くまでに時間と費用がかかります。この方法で1回に扱える変異体は一般に数百から千ほどで、試せる範囲は全組み合わせのごく一部です。この状態が続くと、新しい製品や製造方法の実現が遅れやすくなります。

FrontJournalの解説
  • 酵素生き物の体内で化学反応を助けるたんぱく質。洗剤の汚れ分解や医薬品の製造など、産業の現場でも触媒として利用されている。
  • 変異酵素を構成するアミノ酸の一部を、別のアミノ酸に置き換えること。置き換えた場所によって、反応の速さや熱への強さが変わる。

Imperagenが酵素設計を研究

Imperagenが酵素設計を研究する仕組みを示す図。量子物理の計算で候補を予測し、AIと自動実験の循環で検証する

課題に挑むImperagen

Imperagenは、量子物理にもとづく計算とAI、自動化した実験設備を組み合わせて酵素を設計する企業です。2021年11月にマンチェスター大学のバイオテクノロジー研究所から独立し、同大学の研究成果を土台にしています。

量子物理の計算で候補を予測

同社は実験に取りかかる前に、変異の組み合わせをコンピューター上で試算します。原子や電子のふるまいを扱う量子物理の法則から、変異が生む性質を見積もる方法です。量子コンピューターを使うのではなく、従来型のコンピューターで実行します。公式サイトによれば、同社は計算のみで数十万規模変異体を評価しています。

AIと自動実験の循環で検証

同社は計算で得た予測を、AIの訓練と実験の検証に使います。予測データで訓練したAIモデルが、課題ごとに候補をさらに絞り込んでいます。同社によると、絞り込んだ候補は自動化した設備で実物として製造され、1回に最大2,000種類を測定します。得られた実データはふたたびAIの学習に使われ、循環を重ねて予測の精度を高める設計です。

FrontJournalの解説
  • 量子物理原子や電子といった小さな粒子のふるまいを扱う物理学。分子がどのような性質を示すかを、計算で見積もる際の土台になる。
  • 変異体もとの酵素のアミノ酸を一部だけ置き換えた酵素。多数を用意して性能を比べ、目的に近いものを選び出す。

酵素設計の未来

酵素設計の未来を示す図。Imperagenが医薬品や化学品へ酵素設計を広げ、洗剤や医薬品の改良が進み、約9.5億円を調達した

洗剤や医薬品の改良が可能に

酵素の設計が速くなると、その効果は日用品や医療の現場に届きます。洗剤の分野では業界全体で、より低い水温ではたらく酵素の改良が続いています。医薬品では、必要な物質をより少ない工程で製造でき、価格や供給の安定にも影響します。店頭に並ぶ製品の姿は同じでも、製造に使う酵素と工程は入れ替わっていきます

産業用途の拡大を目指す

同社が対象に掲げる分野は、医薬品の製造にとどまりません。公式サイトでは、化学品の製造、バイオ医薬、消費財、産業バイオテクノロジーを対象として示しています。酵素は製造工程の触媒として、多くの産業で使われる素材です。同社は酵素を使う現場ごとに設計を届け、産業を横断する基盤になることを目指しています。

シード資金を約9.5億円調達

同社は2026年5月、約500万ポンド(約9.5億円)のシード資金を調達しました。PXN Venturesが主導し、IQ CapitalとNorthern Gritstoneも参加しています。累計の調達額は約850万ポンド(約16億円)にのぼります。同社は今回の資金を今後18か月の研究開発と設備の拡充にあて、設計手法を複数の産業へ広げることを目指します。

FrontJournalの解説
  • シード資金事業の初期段階で、製品や技術を形にするために集める資金。売上が立つ前の段階で投資家から受け取ることが多い。
  • 産業バイオテクノロジー微生物や酵素のはたらきを使って、燃料や化学品などの物質を製造する技術分野。石油由来の工程を置き換える用途で広がっている。

酵素設計の課題と将来性

酵素の開発は長く試行錯誤に頼ってきましたが、Imperagenは計算と自動実験の循環に置き換えようとしています。量子物理の計算で候補を絞り、AIと実験のやり取りを重ねる進め方が特徴です。同社は2026年5月の調達を受け、研究開発と実験設備の拡充を進めます。日本にも発酵や酵素を扱う産業の蓄積があり、製造工程の効率化は共通の関心事です。FrontJournal編集部は、計算で候補を絞る設計手法が素材開発の選択肢を広げることに期待しています。

※ 本記事は各社の公式発表・主要報道をもとに、FrontJournal編集部が再構成したものです。数値は各社・各媒体の公表値です。ポンドの円換算は1ポンド=約190円で概算しています。1回の試験で扱える変異体の数は、酵素工学の総説が示す一般値(10の2乗〜3乗)にもとづきます。
主な出典:Imperagen 公式サイト、マンチェスター大学 ニュースリリース(2026年5月21日)。

この記事の作者

FrontJournal編集部

ディープテックを、ビジネスパーソンの視点でわかりやすく紹介するメディアです。

本記事は、FrontJournalが公開情報をもとに独自に分析した第三者コンテンツであり、対象企業・研究機関の公式見解ではありません。

この企業の方へ

内容に誤り・更新が必要な点があれば、可能な限り速やかに修正します。お気づきの点はお問い合わせまでご連絡ください。

掲載情報の修正・写真の追加・更新はこちら