2026.08.10│東京大学・科学技術振興機構(JST)│元発表:2026.08.07
東大、tRNA前駆体が温度センサーとして翻訳を抑える機構を発見
ニュース紹介
「tRNA前駆体が生育温度を感知する~熱ストレスで増加するキャップ化tRNA前駆体がたんぱく質合成を抑制する~」
東京大学大学院工学系研究科の鈴木勉教授、大平高之助教らの研究グループは、出芽酵母において、tRNA前駆体(pre-tRNA)が生育温度に応答してキャップ修飾を受ける現象を発見しました。37℃の培養下ではキャップ化されたtRNA前駆体が顕著に増加することを確認。新たに開発した「CaSh-seq法」により、酵母の全tRNA遺伝子について転写地図を作成しました。試験管内での実験では、キャップ化されたtRNA前駆体が翻訳開始因子eIF4Eと結合し、キャップ依存的な翻訳を選択的に抑制することが示されました。研究チームは、tRNA前駆体が温度変化を感知して翻訳を制御する分子センサーとして機能する新たな翻訳調節因子であると位置付けています。研究成果は「Nature Communications」に掲載されました。
出典:科学技術振興機構(JST)・東京大学 2026年8月7日 プレスリリース
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20260807/index.html
FrontJournalの解説
この研究分野について
細胞内で働くRNAには、遺伝情報を伝えるメッセンジャーRNA(mRNA)、アミノ酸を運ぶトランスファーRNA(tRNA)、リボソームを構成するリボソームRNA(rRNA)などがあります。tRNAは通常「成熟した状態」でアミノ酸をリボソームまで運ぶ役目を担い、それ自身が翻訳の調節役として働くとは長らく考えられてきませんでした。
一方、翻訳の開始側では、mRNAの5′末端に付いた「キャップ」構造を翻訳開始因子eIF4Eが認識し、リボソームの取り付きを促す仕組みが知られています。細胞は熱や酸化などのストレスに対して翻訳を抑える応答を持っており、多くの場合はキナーゼによるeIF2αのリン酸化などが担うと説明されてきました。今回の研究は、その主要経路とは別の仕組みを示すもので、成熟する前のtRNA前駆体が翻訳の入口をふさぐ役割を果たすという新しい経路を提示しています。
①温度で「キャップ化tRNA前駆体」が増える
研究グループが出芽酵母で観察した内容は、通常の培養温度である30℃に比べて、37℃の熱ストレス下では5′末端がキャップ化されたtRNA前駆体が顕著に増えるというものです。研究チームは新たに開発したCaSh-seq法を用い、酵母の全tRNA遺伝子から転写されるtRNA前駆体の分布を包括的に調べました。温度上昇によりtRNA前駆体の5′末端構造がゆるみ、キャップが付きやすくなる可能性が示唆されています。tRNA遺伝子が温度応答性の転写ユニットとして機能するという、これまでにない見方を提供する結果です。
②翻訳開始因子eIF4Eを捕まえて翻訳を抑制
試験管内での翻訳実験では、キャップ化されたtRNA前駆体がキャップ依存的な翻訳を選択的に抑えることが確認されました。一方で、キャップを外したtRNA前駆体には抑制効果がなく、抑制の鍵はキャップ構造にあると分かりました。研究チームは、キャップ化tRNA前駆体がmRNAと競合してeIF4Eに結合し、翻訳開始を減らすモデルを提示しています。熱ストレス下で細胞が翻訳を抑えて負担を軽くする仕組みの一つとして、tRNA遺伝子自身が翻訳の入口を絞る役割を担うという新しい見方につながる成果です。
編集部からひとこと
tRNAはこれまで、翻訳装置の「運び手」として扱われることが多い分子でした。今回の研究は、その「未成熟な段階」に温度センサーとしての役割があることを示した点で、遺伝子発現制御の理解に新しい層を加えるものです。哺乳類の細胞や、がん・神経疾患のようにストレス応答が関わる病態でも同じ仕組みが働くのか、キャップ化を制御する因子は何か、といった問いが今後の焦点になりそうです。RNAを標的とする創薬の観点からも、注目される研究テーマになりそうです。
本記事は、FrontJournalが公開情報をもとに独自に分析した第三者コンテンツであり、対象企業・研究機関の公式見解ではありません。
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